2013年12月26日木曜日

日本人として思う、靖国参拝

20131226日、我が国の最高責任者である安倍総理大臣が、小泉内閣以後ようやく7年目にして内閣総理大臣として、靖国参拝を果たされました。ようやくここにきてやっと、といった感もあります。



頭上にどれだけの批判が国内外におきようとも、独立国家として、総理は当然の責務を果たされたことと思います。

我が国としては靖国参拝を国の最高責任者が担うのは当然のことではないでしょうか。

なぜか。日本国民があれだけ戦争の犠牲者となり、国のために戦ったのですから。そこにはA級戦犯か否かを論ずる必要もない。問題化することに問題がある、ともいうべき内容なのです。

日本の死生観、宗教感にも関わることですが、日本を日本神道を戴きながらも、聖徳太子以来の仏教国でもあります。亡くなられた方は、ある意味皆平等なのです。亡くなったらすべての人が仏さまなる、という天台思想を信仰するわけではありませんが、それでも日本では亡くなった祖先の霊に対して尊崇の思いを持ち、等しく弔うことは、当然の精神的態度といえるのです。

むろん、日本国のために、日本の繁栄発展のために戦って戦犯となった方々が真に悪ものかどうか、といった議論もあると思います。もちろん検証されていくべきことではないでしょうか。

そして、政治的には許されてはいないものの、僭越ながら、天皇陛下こそ、靖国を参拝され、英霊の御霊を慰められるにふさわしいお方はいないとも思います。

明治以降続く世界大戦の最高責任者が天皇陛下であられたこと、そして今でも国の象徴として国の安寧を願う神道の長として、そのご存在があられるわけです。これ以上、直接的に参拝に相応しいかたはいらっしゃならないと、政治的立場を抜きにすればそう思わざるを得ません。

しかし、天皇陛下による参拝や、直接的な祈りが叶わいまでも、日本人にしか理解できない「大和の心」を、私たちは1ミリたりとも揺らぐことなく日本人の誇りとして、その存在意義を、日本国家の平和の在り方を、世に問うて行きたいと思います。

これを機に、思いをいつにして日本人の感謝の心、平安を願う心を発信していける仲間が数多く増えることを、願ってやみません。


2013年12月8日日曜日

まだ会ったことないけど、西島秀俊さんが素敵の話

いや、今日は気楽にいきましょう。

いつもならこんな日はね、真珠湾攻撃(日米開戦日)の話か、大好きな真央ちゃんのスケート優勝の話になるんだけど、いやね、今日はね、NHKの宣伝になるのは嫌なんだけどさ、TVドラマ好きなあっしとしては許してもらいたいね。
真央ちゃんの写真ギャラリーのあるブログはこちら→http://maimao-asada.com/mao/ 


「八重の桜」で新島八重の兄役で登場していた山本覚馬がついに亡くなっちゃったわけよ。
って、ことはね、つまりは、西島秀俊さんの、あのかっこいい武士姿がもうみれなくなっちゃったってわけよ。わかる?この気持ち。


ふふっ、意外でしょ。
こう見えても「八重の桜」で長崎に西島さん扮する覚馬が修行に行っている間に好きになっちゃったわけ。で、最近ではいろんなナレーションに出ててどこか懐かしい青年を思わせる西島さんの優しくてダンディーな声にはまってね。

いやあー、今日の昼間だけはなんだかやなNHKの反戦番組みたいなのにナレーターで駆り出されていたけど、まあ、それはさておき、ほんとに今注目株のえれー、俳優さんなんです。



「いいちこ」のCMっぽい「風のなんとか」っていうCMのナレーションも何だか切ない感じでいいよね。

なんでも今年の「抱かれたい俳優№1」だか、俳優の「いい男№1」にも選ばれたのだとか。
まだ子どもの(いや失礼(^_^;))若手俳優向井修を押しのけて、1位なんですって!!
って、わかる気がするなあ。女子の気持ち。(って、おまえは何もの?)

いやあーいい男ですもの、渋くてストイックで、大人の優しさ、穏やかさにじみ出ていて。
ちょっと秘密めいた感じね。自分の弱みをさらけ出さないぞみたいな大人の男の魅力ね~。
もう、これに尽きるね!

実際、西島さんの役作りはすごくて、ハリウッド俳優なみに10キロ以上の増減量が自由自在で、役作りのためには、1か月人と会わない、なんてこともざらにあるのだとか。

そのためか、公式発言では現在「彼女はいない」のだそう。

加えて「結婚もしたいとは思わない」の出そう。いやあ、出来過ぎている!!
でも、これがあの人の醸し出す孤独慣れしたどこか、ストイックなだけではない男の哀愁を感じさせるのもかね。う~ん、グッとくるね☆


いや、久々はまったな、モノホンの俳優さん。

そういえば、2011年の映画「CUT」(イランの名匠アミール・ナヂリ監督作品)では各国の賞を多数受賞。確か、フランス映画祭でも紹介されて「このイケメンは一体誰だ?」って話題になったとか。

日本人の誇りだね。

しかし、「八重の桜」は来週が最終回。
あの切なげな表情の西島さん扮する山本覚馬にもう出会えないのはさみしいなあ。

でもこれからの西島さんにまだまだ期待したいね。同年代?だし。
あそこまでストイックにはなれない自分だけど、やっと同世代で応援したい国際派俳優が出てきた感じがするぞー(^^)v

2013年11月13日水曜日

終わりなきタリバンの爪痕(バーミヤン遺跡について)


タリバン(ムスリム原理主義)によって破壊されたバーミヤン遺跡についてですが、ドイツの専門チームが中心になって修復という方向で進んでいました。ところが、仏像に足をくわえようとするなどの誤った仏像解釈にユネスコから待ったがかかりました。

現在では、遺跡の修復に対し、どこまで手を加えるのかという議論とともに、野蛮なタリバンの行為に対して「何もすべけきではない」という意見もでています。

特にこの提言を行っているのは、2体の仏像が破壊された直後、最初にバーミヤンを訪れた調査団のひとり、画家の平山郁夫先生でした。

その外観から以前あった仏像を心で感じ取り、平山先生の筆にはしっかりとその仏像の姿を描くことができたそうです。

平山先生の意見はいま、「歴史の一幕に手を加えるべきではない。遺跡をとおして、後世に語り継がれていくべきである」とユネスコに対して訴えておられます。

私も、平山郁夫先生の考えに賛成です。歴史的事実は事実として、人類が受け止めていくべき負の遺産だと思うのです。

タリバンの行為は、憎むべき行為ですが、そのことから後世や現世に生きる人間たちが何を感じ取っていくことができるのか。私たちに与えられた大きな宿題だと思っています。

2013年11月12日火曜日

日本社会はいったいどこへ向かっていくのか!?(日本人の美徳を大切に)

ご無沙汰しております。
北野容子です。てっ、自分のブログで改めて名乗るやつがいるか(苦笑)。

まあ、何と言いますか、今回も現政権の閣議決定にすっきりしないものを感じ、にわかにblogをしたためている次第であります(笑)。

先ほどニュース報道にありました「婚外子の相続格差是正のための民法改正」を閣議決定した、というやつについてです。

これまで少々、気の毒な婚外子の女性の例をとりあげて、格差はひどいと、結婚していてもしていなくても女性と子供の権利を守るべきであると、声高々にマスコミがわめいておりました。

まあ、マスコミは弱いものの見方ですから、それはそれでよいことでしょう。
でもね、日頃外人(時々、人にいわれます、ここでは体型に関係なく欧米人のような発想する人、という意味でしょう)と、言われる私にとってもこれについては異論がございますね。

なぜかっていうと、他のひともブログに書かれていらっしゃいましたが、日本の家族制度を守るためにこの法律は明治以来より守られてきた国家制度なわけです。

もちろん古い頭で、時代に即していない法律に対していつまでもしがみついている必要はないと、日々、考えているものではありますが、これに対してはいざ、「改正」となると微妙な心の機微というものを感じます。

果たして国を挙げて、結婚しないという選択を自らしたもの(あるいはできなかったもの)に対して、正式な結婚という形をとって守られるべき立場にいる子どもと同等になって、相続争いをすることが果たして望まれるべき、日本人の在り方かどうか、ということです。

もちろん円満に解決するのがいちばんで必ずしも相続争いをするとは限りませんが、それでも心情的に、きちんとした結婚制度のもとに生まれた子供の立場にしてみれば、面白くないことは想像に難くないでしょう。

あえてなぜ、婚外子と婚内子との間に格差を設けたか。
それは前述したように、あくまで正当に結婚した男女の子どもであるからです。
それ以外の子どもは本来、認められるべきはずの子どもではないからです。

もちろん子どもには何の責任もありません。
けれど、第二夫人、第三夫人の子ども(要はイスラム教国のように、あるいは過去の王制のように)
として認めていけば一夫一婦制の崩壊にもつながり、結婚制度そのものの危機になる可能性を秘めています。

むろん、ある一定の男性の本音としては、「一夫多妻」ということもあるでしょう。
しかし、日本の結婚制度そのものに立ち返ってもそうですが、日本の風土、社会的通念と照らしあわせて考えてみても、「なんでもあり」の無秩序な男女間の結びつきは容認されるべきものではありません。

まあ、もちろん致し方ない事情というものは考慮されるべきで、それに対して何ら先入観で他人を非難するものではありませんが、私が言いたいのは、「安易に家庭の幸福を阻害するような法律を成立させるべきではない」ということです。

少々、拡大解釈しているのではという向きもあるかもしれませんが、個人においては自由です。

人間の幸福の在り方には様々あることでしょう。
日々、私自身、幸福について考えるものではあります。
けれど、やはり人間として家庭というものは守られるべきものであり、人間として守るべき態度は遵守すべきであると考えるものです。

しかし、だからこそ、政府にあっては安易に自由というよりもマスコミや左翼的勢力からの非難を逃れるためだけの法的解釈をまげては相ならんと思うのです。

真の自由は、自分の人生に責任を持てる人生です。
あえて母親が結婚せずに子供を産む、という自由を選んだのであれば、それは子どもも含めて、あえて最初から最後まで一貫してその生き方を貫き通すべきでしょう。

多少の弊害や、損をすることぐらい最初っから分かっていることです。
それでもその生き方を選んだのであるならば、やはり一歩自分が引いて、謙虚に生きていくことが、人間としての徳ある生き方なのではないでしょうか?

随分、えらそうなことを書いてしまったのかもしれません。
しかし、自分の生き方を貫こうとするならば、絶対的多数の幸福を脅かすような法律改正に加担してはやはり、相ならんと私は思うのです。人間としての良心です。

私は、最後の最後まで頑固おやじ的日本人であることを貫き通したいと思います。
皆さんは、いかがお考えになりますでしょうか?

2011年4月23日土曜日

福島・子どもいじめ問題に思う

ここ数日、福島始め近県の農産物、畜産に対する風評被害ばかりではなく、人への風評被害が起きていることが報道されている。


下記のurlは、被災地において福島からの転校生がいじめを受け、怪我を負わせられた事実を伝えている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110423-00000037-mai-soci
言葉によるいじめに空き足らず、肉体的にも入院を余儀なくされるまでに至ったのだ。


いじめたのが子どもということもあり、何ともやるせない気持ちなのだが、これだけの素晴らしい国民性と国土をいただく日本にあってこうした事件が起きることに日本人としての”あるべき姿”の喪失感、危機意識さえ覚えるものだ。


被害者は当然、励まさなくてはならない相手であり、運命に打ちひしがれている被災者である。

それを怪我に塩を刷り込むような陰湿ないじめ、暴力によってさらにその子どもの心を痛めつけてしまうとは、どういう因果があってそのような子どもたちの振る舞いを生みだしたのか。

子供はもともと大人よりも正直な生き物である。それ故、残酷なことを平気でするようなことが起きるが、しかし、子供であるからといってそれですまされることではない。

なぜなら今、子ども同士のいじめ問題は、日々、深刻化して来ているからである。日常的に転校や自殺に追い込まれる児童や10代の若者たちが後を絶たないのだ。

こうした残忍な子供を生み出した日本社会があるということは、その影に親の教育があり、さらには日本の公立校における戦後教育というものがあるからだろう。

日本神道を始めあらゆる宗教を排除し、戦後の日本の教育は行われてきたが、やがてそれは道徳教育をも排し、そしてゆとり教育による学級崩壊へとそのシナリオは進んできたのである。

今年からであったと思うが、小学校高学年から英語教育を取り入れるなどグローバル化する社会にあわせるようにようやく新たな教科項目を付け加えようとはしているものの、相変わらず日本における精神教育は悲惨な状態のままにある。道徳教育復活への声も聞かれるものの、安倍内閣政権時に教育改革は重要課題とされたものの、日の目を見ることなく、その後内閣総理大臣に受け継がれることはなかった。

そうした日本における教育の危機は、ひと角の政治家であるならば、誰もが憂える国の課題であることは間違いないだろう。それでも教育問題は時間のかかることであり、今日日本の教育界を牛耳ってきた日教組の圧力に、憲法9条改正問題と同じ位のハードルの高さがを強いられる改革項目ではなかろうかと思う。

しかし、昨今の陰湿ないじめ問題や、原発被災地福島からの転校生を入院させる程傷つけた現所を見るにつけても、日本の子どもたちの教育問題を(実は大人自身の教育・感化も含めてであるが)早期に議論し、健全なるナショナリズムとグローバル時代に戦えるだけの精神力、そして騎士道精神を持った子どもたちを輩出していくことがこれからの日本においては是非がでも大切なことではないだろうか。

教育に直接的には携わっていない人間の言ではあるが、昨今の大人を含む、子どもたち被災者へのいじめ、圧力などを見てもまだまだ日本は姿勢を正しやるべきことがあると思うのである。

何より純粋な子どもたちが唯物的な大人の思惑や、現政権によってもたらされた疑心暗鬼な心、自分のことしか考えられない程に貧しくなってしまった日本経済による貧困なる精神にこれ以上毒されてしまわぬように、政権交代が速やかに行われ、かつての安倍晋三首相のような大局に立って物事を考え、日本の未来を動かせる政治家にこの国の舵とりを撮って頂きたいものである。

結論はやはりそういうことではないだろうか。
いじめ問題はこの国の困難の端緒でもある、と断じておきたい。

2011年3月6日日曜日

やっぱり坂本九ちゃんが好き!

私は昭和の人間だ。80年代のバブルに向かって高度経済成長をひた走っていた時代に生まれたバブルを体現した最後の世代だ。

そんな自分のルーツのせいか、昨今の時代の閉塞感にはほとほと嫌気が指す毎日を送っている。

しかし、ここで忘れてはならないのは、自己責任の法則だ。当然のことではあるが、「原因」(本人を元に作られる縁)があって「結果」(努力に応じた世界)があるというこの世の神仕組みともいえる法則だ。

だから社会やこの世で起きる現象ばかりに目を向け過ぎるのは、自己責任の放棄に繋がる傾向もあって、あまり関心できる精神態度ではないと認識している。

ならここでつぶやこうとしていることは何なのか?!とご指摘を頂きそうだが、あくまで昭和という時代に対するノスタルジーと、無邪気な人間の精神に裏打ちされた戦後の昭和という時代の強さをふと思い至ってしまったつぶやきなのである。

私のPower Macには、雑多な音楽の趣味の一つから坂本九ちゃんレパートリーもi Tunesに取り込んでいる。自然とすべての曲をかけっぱなしにしていることが多いのだが、たまたま、今日も九ちゃんソングを聴いてしまったのだ。

すべてがいい。九ちゃんの歌う詩、メロディー、そしてこぶしを利かせた日本人独特のリズム感。そしてあのはみかんだような素直な唱い方も魅力だ。

加えてこの頃、生誕100周年を記念してNHKでも番組になっている「岡本太郎」氏の存在が気になっている。氏は、言うまでもなく1970年開催の大阪万博で芸術監督を務め、その奇想天外な「太陽の塔」が大きな話題を呼んだ。最近、私は氏の「自分のなかに「毒」を持て」という文庫本を読んだ。今さらながらだが、氏の歩んだ明治から昭和にかけての激動の人生が美しい生きる芸術に昇華され、昭和という時代を希有なるほどに美しく、幻影的に照らし出しているのである。

私は、九ちゃんの明るさも、岡本太郎氏の「芸術は爆発だ」という全身全霊を傾けた氏の人生と芸術が大好きだ。一度は会っておきたかった昭和の人、お二人である。

そんな感慨に捕われながらこの頃は昭和という時代に思いを馳せつつ、今という時代にどう人は、自分は生きるべきかを考えている。

現代は、テクノロジーの時代であり、多様化の時代であり、政治の混沌の時代であり、という意味あいからも大変難しい時代を我々は生きていると私は認識している。

今、坂本九ちゃんが生きていたならどんな歌を歌うだろうか。
今、我が道をまっしぐらに生きた岡本太郎氏が生きていたなら我々にどんなメッセージを送り、そしてどんなオブジェや絵画を残したであろうか。

私の彼らへの興味は尽きることはない。
しかして今日であっても素晴らしい事を成し、また成し遂げようとしている人も多くいる時代ではある。
しかし、彼の時代(昭和)程のインパクトを感じられなくなってしまったことは何故だろうか。思うにインターネットを中心にした情報化社会が人間に感動や、困難なことを成し遂げた人やもの、コトの価値を低減させてしまったのではないだろうか。

インターネットの普及により、一億総天才であり、全世界を含めるとインターネット人口30億人が総天才ともいえるような(極端な言い方をすればだが)状況になってしまっているといえる。知識の入手、コンテンツの入手が余りにも簡単なのだ。

故に「芸術は爆発だ」、「生きることはパッションなんだ」と生きる生々しさを発露することが難しくなってしまったのかもしれない。

自分自身を振り返り、まさしく耳年増になった分だけ、動きが鈍くなり、また行動の前にネットによる情報入手の簡単さに結論を手に入れる時間が早くなってしまったのだ。

何か悲観的な話ばかりで恐縮だが、我々の行動力と思いの力だけはどうしてもあの”昭和”に戻さなくてはと感じるばかりの今日この頃なのだ。

2010年5月4日火曜日

私が子どもだった頃

私は、徳島県のちょうど鳴門市と徳島市の境に位置する北島町という小さな街で生まれた。

田舎町ではあったけれど吉野川(下流)が流れる町には、大阪万博以降、東京から光化学系企業の東亞合成、東邦レーヨンなどが参入し工場が建ち並んでいた。

当時はまだ農家も多かった時代だと思うが、私たちの親の世代から勤め人になる人が多くなっていた。そうした時代のサラリーマンの家庭の住環境は今のように恵まれたものではなかった。近隣には、小さな平屋建ての言ってしまえば、ウサギ小屋と揶揄された当時のサラリーマンの借家が立ち並んでいた。そして私の同級生のほとんどが、その小さなウサギ小屋の住人でもあった。


しかし、私はといえば、若い頃から金物工具店の叔父の元で修行をしていた父が、20代で独立。小さいながらも自前の土地で店を営んでいた家に生まれ、私が生まれた年に建て替えられた自宅は、その後、建て増しを続け、小学校に上がる頃には、当時では珍しい3階建ての住居付き店舗(鉄筋、エレベーター付き)になっていた。小さな町の中では、そうした両親の活躍は目立つもので、何かと地域のボランティアや、学校施設への寄付など地元の名士として応じていたようだった。


むろん従業員も数名いたが、そのなかには同級生のお母さんもパートとして混じっていた。そんな家庭状況であったが、私自身にとってはそれがどういうこともなく、ただ両親を尊敬する気持ちを持ちながら、毎日を屈託なくわんぱくに過ごしていたものだ。

それが小学校の高学年に上がった頃、一部の子どもからいじめともいえるような、強烈な嫉妬を受けるようになった。今にして思えばだが。学年でも特に自己顕示欲が強く成績も良かった男子生徒からよく絡まれることが多くなったのだ。

それは私の父の店で雇っていたパートのおばさんの息子だ。

その彼とは普段はあまり話をしたこともなかったのだが、登下校は同じルートだ。まったく何でもないことでライバル心をむき出しに、自分の方が優秀であることを証明しようとする。他の同級生に『○○の親はこうだ』とか何か良からぬ噂を流しているようでもあった。

自分の親だから擁護するという訳ではないが、私の親はかなり人のいい人たちなのである。困った人がいると見過ごせず、よく父は「人をだますぐらいなら、だまされる方がいい」、泥棒に入られてもお金を持ち逃げされても「自分が悪いことをしたわけじゃないからいい。盗んだ方が悪いんだから。」といっていた。

ましてや、当時の自営業者の間で流行っていたニューモラルという道徳科学(モラロジー)を勉強し、宗教心も篤く、人の面倒を見ていた父や母が人からねたまれるようなことは子ども心に想像することはできなかった。

しかし時は高度経済成長期、人は人からしてもらったことは忘れやすく、自分が持っていないものを持っている人に対しては壮絶な嫉妬を感じてしまったのかもしれない。

当時の私といえば普段から親からほしいものはすべて与えてもらっていたので、同級生に嫉妬するという感情がわくことはなかったが、逆に家族全員が揃って団らんできるサラリーマン家庭の子どもをうらやましく思ったことはある。

私にとっては小さな家で住んで家族の顔が毎日よく見えて、他人が介在してこない日常を送れることが家族の理想だったのだ。

つまりは何が言いたかったかというと、パートで雇われていた同級生のお母さんは、私の印象としては、かなりリベラルな左翼思想に影響を受けていたような人であった。恐らく自宅に帰ってからはその日の労働の不満を子どもや旦那にいって聞かせていたのだろう。

当時、社会主義(マルキシズム)に影響を受けていた労働者が多かったのは事実だ。やはり父のもとで働いていた母の妹の旦那であるおじさんは共産党員で赤旗を毎日のように暇な時間にはせっせっと読んでいた。

両親のいないところで私は、その叔父さんの妻である母の妹からいじめを受けていたことがあったが、私はそのことを母にも父にも言うことが出来なかった。今思えばすべては社会主義の影響を受けた労働者側の嫉妬という名の悪魔がなせる技であったと解釈している。


やがて私の実家の稼業は、私が20歳のときバブルを目前に倒産した。
今思えばその予兆のようなものが私が子ども時代からあったのかもしれない。やはり、父は経営者としては未熟だったのかもしれないとも思う。

しかし、生きることに不器用であった両親かもしれないが、それでも私を正しい信仰に導いてくれ、幼いときにミッション系の学校に通わせ、良書を読むことや宗教心の大切さを肌で感じさせてくれたことには大変、感謝している。


特に左翼思想の蔓延る70年代に、正しい道を指し示してくれていた母には感謝と敬意を表したいと思う。

2010年4月25日日曜日

優れたファストファッションのサービスとは…

土曜深夜のお笑い番組で「”ファストファッションのあるコト、ないコト”」というテーマでお笑い芸人が自分の知りうるお店情報をコメントするというものがあった。

その一つ一つの噂について、番組がメーカーに確認していくのだが、なかなか「なるほど」と思わせるファーストリティリングのサービスがあった。

それはお客様にプレッシャーを与えないために、店員はお客様に”お声をかけない”というものだ。既にご存知の方もいたかもしれないが、私は関心した。

というのも私のお気に入りのブランドでよく利用させて頂くアメリカの「Eddie Bower」というカジュアルファッションブランドの店があるのだが、とにかくそこでは客を見するとすぐに店員が駆け寄ってくる。

むろんお店によってもまた店員によっても差はあるものの、私の生活圏のターミナル駅近くにある店舗では入るなり、店員が入れ替わり立ち代わりこちらの行動を監視するかのように声をかけてくるのだ。「何かお探しですか?」、「今日は何をお探しですか?」といった具合だ。

しかし客としてはその日の都合によってゆっくり見れる時と、何か新作が入っていないかを駆け足で確認するだけのときなどもある。

しばらくは放っておいてもらってこちらの様子を見ながらさりげなく「何かお手伝いできることはありませんか」、「他にお探しのものがございませんか」などと助け舟を出してくれれるのならば有り難いのだが、往々にしてアメリカのファッションブランドのサービスは、売り子の作り笑いに、「お客様」を意識しすぎた過剰な接客態度が重なり、私などは食傷気味になってしまう。

「そうか」。
ファストリティリング柳井会長のアイディアだという過剰にお客様にプレッシャーを与えないためにユニクロでは声をかけないというのなら、これまでの店内での接客には合点がいった。

私は決してユニクロのあっさりとしたサービスが嫌いではないのだが、しかし店舗によっては、お客様に対する「無関心」とでも感じとれる顧客の方を向けていない店員の接客態度が気になることもあった。正直顧客が多すぎる?のかもしれないが。

完全にディスプレイだけに集中していたり、レジを打つことだけがミッション?の店員さんがいたりと、やはり機械的すぎる動きに違和感を覚えたこともあった。

確かに柳井さんの考えるサービスの理念は素晴らしいと思うのだが、どこまで末端の店員がそのマインドを理解しているかどうか。
勝手に自分たちの解釈で「営業の効率化」のみに利用してはいないだろうか。

昨今、業界を問わずマニュアル化されたサービスには限界を感じるものだが、サービスとはやはり対ヒトであり、あくまで一人ひとりが「考えること」なしにより良いサービスの実現はありえないことだ。

トップの考えるサービスが浸透した暁に、それが形式主義となり、「自分たちにとって都合のよい解釈になっていないか」。どの組織でもある程度の規模になったときには「なぜ、そのようなサービスを発明したのか」この原点を思い出さなくてはならないということだ。

しかし顧客の立場に立った柳井会長の視点、言葉には出せない顧客の思いを汲み取る力には脱帽する。そうでなくては年々業績を伸ばし続け、小売り製造業界世界一を目指すなどとという大きな目標を掲げることはできないのだろう。

2010年4月19日月曜日

古民家喫茶&ギャラリー

今日は、埼玉は東北線に乗って、ある媒体の取材で浦和を訪れた。

訪れたのは、浦和駅西口から徒歩で約10分、明治23年に建てられた
納屋を改装し18年前にオープンした純日本喫茶・ギャラリー「楽風」
(らふ)である。

もう少し早ければ満開の桜並木の下を通って喫茶兼ギャラリーに辿り
着けたのだけれど、それでも晴れた日に、涼やかな緑の木の下を歩く
気分は壮快だ。

店内は、木のぬくもりを活かした空間で地元の作家の陶磁や木工製品
などが並ぶ落ち着く空間だ。

10種類以上ある茶葉の中から選んだのは、「ぐり茶」と呼ばれる煎茶
で、仕上げの揉みの行程を一つ省いたお茶だ。どういう意味があって
そういう飲み方を始めたのかは知らないが、それでも初めて味わった
「ぐり茶」の味はまろやかで実に爽やかな余韻を残すお茶であった。


お菓子は、昨日までの「おぼろ月」に変わって「かのこ」のようだ。
実は、2、3日前にも一度、別件でお邪魔したのが、その時に味わった
「おぼろ月」の上品な甘さに完全にノックアウトされていた。
だが、今日のお菓子もほのかな甘さで抹茶の甘みとも高相性だ。

今日は日曜日で客足も多いため、あまりゆっくりとは出来なかった
が、平日の朝か夕方が以降狙い目だろう。近隣にお住まいの方はも
ちろん、ぜひ都内にお住まいの方にも小旅行気分で足を運んで頂き
たいお店だ。

このお店を尋ねる傍ら、周辺に散策コースか何かあるかは分からない
が、それでも頭上や足下に目をやれば、どこかしこに花が咲き、木の
温かさを感じさせるこの場所は一度は尋ねてみる価値があると思う。

近隣にもこうした店ができないかなと思いながらもこうした味わいの
ある建物を生み出すには年期と忍耐がかかることを改めて思い知らさ
れた。


今日もまた幸福なお茶を味わうひと時を与えてくれた「楽風」さんに感謝。

2010年4月12日月曜日

宇宙観を拡げる

4月11日(日)都内某所にて(宗教法人幸福の科学の宗教施設内)にて「宇宙人との対話」を目撃(拝聴)した。

実際には、『宇宙時代と仏法真理』というタイトルだった。
『宇宙時代と仏法真理』とは、どういうことなのか。幸福の科学では、大川総裁の潜在意識(悟り、霊能力)を通して「仏法真理」(「永遠の法」)と呼ばれる時空間を超えた教えている。「仏法真理」とは、あの世とこの世を貫く法則であり、宇宙にも繋がる思想である。

昨日は、幸福の科学フォロアー(信者、シンパ)を中心に(もちろん未会員、一般参加者も可)宗教施設内でその関連の教えを説かれた。テーマは、毎回変わるものの、このところ「宇宙化時代の到来」を前にさらに一歩踏み込んだ「宇宙時代の法」が説かれているのだ。

最近出版された月刊「The Liberty」5月号でも一部掲載されているが、書籍や雑誌で取材したものを後から読むのと、実際にその現場に居合わせて生々しい宇宙人との対話(総裁の潜在意識が相手の言語をトランスレーションして伝える、霊を降ろす)を目撃するのとではまったく印象や、確信が異なる。

前段には大川総裁の法話が入っていたものの、今回のトライアルに関しては「出たとこ勝負だ」と言っていただけあって、即興芝居のような印象はなく、リアルに異なる種族の宇宙人の魂が呼び寄せられ、地球人に宿りたる者の使命や、その理由を明かしていったのだ。


私自身こうした霊言に大して免疫がないわけではなかったが、次々と異なる宇宙人が呼び出され、その個性の違いを際立たせた対話には衝撃を与えられた。

確かに個性が違うのだ。人間として我々は普段、1種類もしくは、男女の2種類しかないと思い込んでいるが、それは今現在の、地球人としての生物学的な話であって、宇宙の生命、生物にまで枠を広げて考えてみれば、そこにまったく違う常識が現れるのだ。

理解できないという方には実際に残された録画でその真偽を見て頂くしか他はない。

しかし、自分自身の悟りといってもいいかもしれない、直感としてこの多様な価値観を持つ、異星人の存在は私にとっては比較的容易に信じられるレベルの話であった。

そして今日何が書きたかったか。

この地球上に起きる世界の混沌、世界争議を乗り越えていくには、この「宇宙の法」「宇宙人との対話」が広く知られなくてはならないということだ。

これによって、すべて争いの元が氷塊とはいかないかもしれないが、少なくとも相手(異なる宇宙から来た魂のルーツ)の存在を知り、自分自身の認識力が変わることで「理解」が生まれ、許せる感情が芽生えるというものだ。

すべての根本は、この数億年の地球の歴史に始まったことではない。
宇宙の成り立ちはずっとそれ以前に起きていたことで私たちにはまだ知ることを許されていない宇宙の真実が隠されているのだ。

それを謙虚に受け止め、私たちが地球人として生きていく上で、新たな視点で物事を捉える必要がある。

「地球人としての同一の価値観をどう創りあげていくか」、これがいま、宇宙から注目される星(決して国だけではない)として、地球に住まう地球人の使命であるといえるだろう。

2010年4月8日木曜日

今日の日常

今日は午後から渋谷で打ち合わせが。その後、杉並方面で夕方の5時
から打ち合わせだった。ちょうど2時から3時間のあいだ時間が出来た
ので渋谷から原宿、表参道とお天気に誘われるまま散歩を楽しんだ。

途中、明治通ぞいの宮下公園前でわずかに咲く道路ぞいに花をみつけ
た。ピンクの花びらに黄色の花弁が可愛い。

思わず200万画素しかないカメラ付き携帯を取り出し、しばしの間
撮影タイムに…。

3枚目のシャッターを切り取った後、ふと目をやった先に自分と
同じポーズで携帯カメラを向けている男性を発見した。さすがに
画像はないが(苦笑)、明らかにまねっこした?風貌は丸刈りで
黒服、髪の毛が薄くなり始めた30代半ば位のスーツ姿の男性だ。
ほんの少し柔らかい笑みを浮かべて、しばし花を愛でることで心
癒されていたようだ。

思わず私も顔が緩んだ。(タバコより何より癒されるひと時だね)

渋谷から原宿に向う最先端の街角で、ほんのわずかな花の存在が
人の心を癒してくれた。

春は、心優しい妖精たちが誰に気づかれなくても自ら美しく咲く
ことで愛を人間に与えてくれる。

花のように人間は生きられないかもしれないけれど、人として花
の存在に気づく、花を愛でる心だけは忘れたくないものだ。

穏やかな午後の日の散歩は懐かしい場所の移り変わりと新しい
東京の顔をかいま見せてくれた。

春の日の穏やかな日差しを浴びながらほんのひと時、癒される
時間を過ごせたことに感謝☆

新しい春が…

新しい春が始まっています。

人もワンちゃんも…。
等しく生命与えられていますね。

2010年4月4日日曜日

桜の花の咲く頃に…

時は2010年4月4日。

今日は、友人と花見がてら羽木公園周辺を散策する予定。

この季節に懐かしい友人や昔おつきあいのあった人と10年ぶりに
会ったりして、桜の花の咲く頃にちょっと切ない不思議な人のご縁
というものを感じています。

言葉にならない思い、この人とはこれで最後かな…とか、昔は感じ
とれなかったさまざまな思いが去来しています。歳のせいでしょうか?

一生懸命に生きている同世代の友人知人と久しぶりに交流を温め
ながら、時は変わらずに過ぎ去ることを辞めない、この無常に
どこかいき場のない思いを感じています。(やっぱり40代だから?)

春の嵐に耐えて可憐な花を咲かせる桜が満開を迎える頃にはちょっと
センチメンタルな気分になります。

らしくないな(苦笑)。

今年も良い出会いの春でありますように。

2010年3月31日水曜日

日本を創ろう☆『ザ・リバティ』創刊15周年

皆様、ご無沙汰しております☆
自分のためにも日記を付けていこうと思っておりましたがなかなか進んでおらず失礼いたしました。今日はちょっと良いことが…。

『日本を創ろう』(特集)このタイトルが踊り出ているのが、”おかげさまで15周年”を迎えた幸福の科学出版「ザ・リバティ」。

15年前、あの頃君は若かった(笑)ではありませんが、確かに私は20代で写真家としても脂がのりつつある頃でした。無償という形ではあったものの、創刊時から外部スタッフとしてこちらの雑誌を応援させて頂いていた。

当時は、「オウム・サリン事件」や「東村山市議殺人事件」など社会常識を覆す、痛ましい事件が盛んに起き始めていた頃であった。創刊時の荒っぽい取材の数々も若気の至りで難なく乗り切ってきたように思う。

そんな個人的な関わりのある「ザ・リバティ」が15周年を迎え、今号の中盤に登場する特集「不況でも頑張る中小企業」(私が書いた取材記事)が掲載されることは大変有り難く、喜ばしいことだと思っている。

編集部(担当者)とはいろいろあったものの、まずはこうして脱稿し、無事、15周年号に掲載された記事を読み直してみれば安堵する気持ちと「やっぱり書いて良かった」という強い気持ちがこみ上げてくる。

まだまだ未熟な自分ではあるもののこれを機にもっといろんな意味で頑張りたいと思っている。『素晴らしいものは素晴らしい』と思える、素直な気持ちを大切に、これからも取材対象者への愛を込めて執筆する書き手でありたい。

大切なのは、本当に世の中にとって必要な取材記事を続々と発表していくことだ。

願わくば自分をそうした人間としてこの世に遣わせてほしい、と神にも願う。

幸福を呼ぶフォトジャーナリストとして。

2010年3月10日水曜日

愛子さまいじめ問題に思う

少し政治(教育問題)ネタを…。

数日前から皇太子ご夫妻の長女愛子さまが学習院初等科への登校を拒否?されているということが明るみになった。
登校前に強い腹痛と不安感に苛まれるという症状で、同学年の男子児童から宮内庁の発表いわく「乱暴な行為があった」という。

詳細については控えたい、というのは宮内庁会見の弁。

さて昨今、子どもが大人にかわいいと思われなくて虐待されたり、公教育の現場(聖域)で臆することなく、日教組の先生方が政治活動を堂々となさったりと、なんだか変な世の中に拍車がかかっている今日この頃である。

とうとうついにここまで来たか、というのが私の正直な印象だ。

というのは、私も以前投稿したことのある「いじめから子どもを守ろうネットワーク」という公益法人が設立したNPOがあるのだが、ここで数多くの相談を受けてきた関係者がこの愛子さまの事案は、顕著ないじめを受けているケースと酷似しているというのだ。

そして明らかな学校(学習院)側の隠蔽行為。
特段、個別の生徒が「いじめを受けているという報告は受けていない」とのたまう学習院側の責任者の記者会見。

私自身、これまでいじめ問題のあった学校の記者会見などをウオッチしてきたなか、いじめが激しい学校ほど「子ども同士の他愛のないふざけあいの延長」などことの本質をうやむやに表現することをよく理解している。

どこかすっきりしない。間違っている。
まず、その認識の甘さに問題があるのだ。
一見、皇族のお嬢様がやんちゃな男子児童の行動に大げさに反応しているかのような表現ですませようとする民放メディアもあるが、明らかに学習院側にはいじめが多発していると報じるスポーツ紙の取材記事もある。

また現国会議員のヤンキー先生こと自民党の義家弘介氏は、皇族がいじめの対象になることに対して非常な危機感を感じているということと、学習院に対して、愛子様に対して乱暴な行為があったとしたら「学習院の伝統はどうなるのだ」と学校教育に警鐘を鳴らしている。

とどのつまり皇族方と過ごす学校生活によって高い倫理感と規律意識を育む、という学習院の理念は実質守られず、最も肝心な児童への教育指導がされていないということか。


でなければ何があったか詳細は掴めないが、あの活発な愛子様が学校に行くことに対して強い不安感と、腹痛を催すほどの事態に安易に陥るとは考えにくい。

みるプロがみればこれは明らかに常習的ないじめにあっているケースとまさしく一致するという。

日本の未来に大変な禍根を残してしまいかねない。

皇太子の姫君でさえ乱暴に扱われているのだ、ましてや普通のお子様であれば、何のためらいもなく、自殺にまで追い込まれる程病んだ状態になるまで周囲(家族や先生)に気づかれず放置されるのが常だということだ。

これは大きな日本の国力を低下させる程の問題だ。

日教組よ、いい加減に目を覚ませ。
そして鳩山総理よ、日教組から活動資金をもらって当選するような輩をいつまでも国会の場に送り込むな。恥をしれ!

いつまでも国民をなめるなよ。
次の参院選ではまともに学校教育(公教育)の在り方について議論できる人に当選して頂きたい。本気で日本をよくしてやろうという気概を持った人物にだ。

ちなみに「いじめから子どもを守ろうネットワーク」の矢内代表は東京から参議院選に出馬予定だ。彼が当選した暁には、真っ先にこのいじめ問題、公教育の改革に乗り出してくれることだろう。

大いに期待したい。

2010年2月1日月曜日

ストレスマネジメントのコツ

と、その前に熱血リバティ編集長が世田谷に来たこともご報告したかったのだけど、光陰矢の如し。今年、何度か書いていますが本当に時が過ぎ行くのが早いですね。ようやく2010年になったと思ったらもう2月。一日前のことが1年位前のことのよう?に感じます。
(里村編集長の話はまた次回に書かせて頂きますね。相変わらず汗っかきでパワフル!)

この季節、暖かさであっという間に桜の花が開花してしまいそうです。その前に梅の花がありますが、今年の梅見は世田谷の「羽木公園」に出かけたいと思っています。

あっ、それでストレスマネジメントのコツでした。
今日は表題のお話を千葉(某所)で聞いてきました。つまりは、まあ悟りを開かれた方のお話です。

この現代人特有のストレスも悟りという観点からみたらやはり「喝破したり」という風にならないといけないのでしょうね。ストレスをまず「見破る」(喝破するっちゅう感じ)。時間軸の流れなかでこの「ストレスのもと」をみて見る。そして、自分に与えたストレスのもと(対人関係とか)を許す。許すというか受け流す。さらさらと河の流れのように。

何事もなかったことのように、次々と新しいことに取り組んで、自分にとってストレスとなるような出来事を与えてくれた人の言葉や態度も一過性のものとして、(10年も20年も人を傷つけようと思って言葉を発する人はいない)自己改善のネタとして使わせて頂く。それ以上に深堀して自らをいじめるような考え方は持たないということが大切ですね。

自らの受け止め方(考えひとつ)によってストレスは分散されるものであるし、またストレス管理をしていかなくてはならないものですね。ストレスは他者から与えられるものでもあるけれど、でもまた人は他の存在によって多くを与えられている。だから、必要以上に人の言葉で傷つくような自分でもあってはいけないと。

これはいじめ(大人も子どもも)などに繋がる話かもしれませんが、人間関係でつまずいている人にとっては、仏教の「執着を去れ」という教えは、実にあっさりと自分も他人も幸福にしてしまう実に簡単な教え、悟りなのかもしれません。

勇気を持って(ネガティブなことは)忘れることが大切ですし、また相手の言ったマイナスの言葉も忘れてあげる強さが必要なのだと思います。

後は、忙しくして自分のこれからの人生をどんどん足早に生きていくことですよね。

そうしたら人から言われたネガティブなキーワードなんて覚えている暇はないですもの。

あー、そんなことを考えていたら”ストレス”も愛なんだーという気持ちになってきました。

人間関係学というか、人間でいられることの名利につきるというか…。人間として生まれて努力する醍醐味というか。ストレスに打ち勝つ度量を作ることもまた喜びなのかもしれません。

人間としての成長が必ずそこにある。これから器を大きくして無駄なストレスを切って、もう一回り成長した大きな自分になっていきたいと思います。今日という通過点を与えてくれたことに、すべてに感謝☆

2010年1月23日土曜日

現代の名工


世田谷の閑静な住宅街にHappy Science 世田谷成城支部が竣工した。
現代的な宗教施設として落ち着いた世田谷の地にふさわしい建物だ。
この建物は、信仰のシンボルであるご本尊Principal imageを外観にも設置、街の人々に向けて信仰の光が届くようにデザインされた。


この現代建築を施工したのは歴史的建造物、神社仏閣等の修復を得意分野とする藤木工務店だ。歴史は大正時代に遡る。創業者の藤木正一氏が徳島県で生誕したというのも感慨深いもが現在は大阪に本社があり、東京にはもちろん支社がある。


1月17日の竣工式には、藤木工務店の東京支社営業トップを始め、各関係会社を引き連れ総勢15名となった。東京営業支社長以下、プロジェクトに関わった一人ひとりがこの仕事を振り返りそれぞれに挨拶をした。『素晴らしい』謙虚さと、サービスマインドに感動した。その仕事に対する謙虚さ、ひたむきさは日本の現代に誇れる名工の人々であると言えるだろう。


詳細は省かせてもらうが、組織を作るのならこういう組織にしなくてはならないと心底、感じいった。まだまだこの社会から学ばせてもらうことが多々ある。なかでも実践を通して、仕事を通して神仏に、そして社会に貢献している人々と出会えることは大きな喜びである。

現代の名工たちに感謝を捧げたい☆

2010年1月1日金曜日

謹賀新年2010



A Happy New Year!

というわけで、ついに2010年に突入しました。
あまり年明けっぽくない写真でごめんなさい。昨年暮れに茅ヶ崎を取材で訪れたときのものです。(それっぽい写真がなかったもので^^)

ぐうたらで田舎にも帰れなかった私ですが今年は、元旦をまったりと自宅で過ごし、日が落ちる前にお正月の空気を体感しようと家を飛び出しました。(実はまだ年内に執筆予定の原稿が未完成なのでお正月はないのだ!)

家の近所は、日没のお気に入りスポットですが、ちょうど太陽が元日最後の美しい輝きを放って落ちていこうとしていました。思わず太陽信仰を思い出して?(日本人は元々神道なのでよいのだ)太陽を拝み、新年の口に出せないを思いを込めて手を合わせました。

そう自然と神々しい太陽に自分の道しるべを託すような思いで新年の誓いを立てさせていただきました。今年は自分にとって、本当のミレニアムになりそうな予感です。

あくまで予感ですが、この3年位は本当にワシ厳しかった。細木数子の占星術とかそれらによると、この3年間は大殺界だったようなのです。

思い起こせばというか、しょっちゅう「なんで?」っていうことが数多くこの3年間はありました。入院もしたし、あれこれと…。けれど昨年の後半くらいから少ずつではありますが、よい感触を得てきました。少しからだも元気になって前向きに感じられるものがあった。それは自分にとってよい仕事に出会えたことも大きかったけど。「もしかしたらワタシの人生これからかも」って…。

2010年は、もっとたくさんの方に読んでいただけるような執筆活動を続けていきたいと思っています。新しいメディアの創出も必要ですね。

ぜひ、プロデューサーとしても力を発揮していきたいと思います。
こんな厳しい~時代ですが、それでも明日のビジネスの芽は必ずどこかにあると、自分の人生を変える人々との出会いもあると信じています。
2010年は本気だして、自分にダメだしいっぱいして厳しくがんばっていきたいと思います。

これからのスタジオエアを見ていてください。皆さんのお役に立てる情報を発信し続けて参ります。

良き出会いを待っていてくださいね。

2010年が皆様にとって実り多き1年となりますように。
ビジネスの成功とご多幸をお祈りしています!

感謝を込めて☆

2009年12月24日木曜日

今日はワールドティーチャー(Master Okawa)のレクチャーを聴いた!


12月23日クリスマスイブの直前、渋谷精舎(Happy Science)にて大川隆法総裁の説法が行われた。
Master Okawaによる世界のクリスチャンたちへ送る最大の愛ともいえるレクチャーだった。

なぜなら、Master Okawaの言霊は、霊天上界のジーザスのインスピレーションを受け、ありのままの言葉を伝えているからだ。もちろんトランスレーション状態などではなく、自分自身の言葉として、大川隆法総裁の個性、思考を通して発されるものだ。大川隆法総裁自身もその状況を客観的に把握している。それゆえ、後日、レクチャーがそのまま本になるのだ。

今日の演題は、「For Peace and Love of the world」だ。美しい言葉だと思う。

今回、本会場をモニターでざっと見渡したところほとんど有色人種でアジア系、アフリカ系がほとんどだった。もちろん既にメンバーになって活動している人もいるけれど、中には今日がマスターとの出会いが初めて、レクチャーを初めて聴く、という方もいたようだ。

「Merry Christmas!」クリスマスを祝う言葉でレクチャーは始まった。だがしかし、世界中のどの国の教会に行ってもジーザスはいないのだと、唯一霊的存在であるジーザスの言霊を聴けるのは、地球の最高神であるエル・カンターレを通してこの渋谷精舎のみであると発されたのだ。

これがどれだけ重みのある言葉かお分かりだろうか。

1980年代後半に発足した宗教法人がいまや日本で知らないという人はいない。大きな団体となり(先の衆院選では党も立ち上げた)、日本の政治家や経済人、サラリーマン、主婦、学生、子供のみならず、世界の人々に対して責任を持ち、自身の言葉で直接、メッセージを送り続けている。しかもそれは理解者に対してだけではない。無理解な人のところにも、信仰の奇跡を信じて、「信仰は美しい」と、「エル・カンターレの説く教えは肌の色も国家も、言語も超えて繋がるものだ」と教えを説いているのだ。

1昨年前から勢力的に日本、国外を御巡錫(説法)して歩き、昨年はハワイ、イギリス、アメリカ(ニューヨークとカリフォルニア)、今年はオーストラリアでもレクチャーを続けてきた。

その都度、大川隆法総裁は、クリスチャンたちに真実の信仰を訴え続けてきた。自分がこの地球に責任を持つ、最高責任者『エル・カンターレ』であると、エル・カンターレ(大川総裁の霊的本体)という存在こそが人間の起源であり、アルファにしてオメガであると説法し続けてきたのだ。そして2千年前にジーザスを天上界から導いたのは私自身であると…。

その重みたるやどれほどのものであるか。世界で原理主義のクリスチャンにでも現場を押さえられたら、暗殺される可能性が十分にある。生きて救世主が法を説き、異教徒の国の人々に、『私はジーザスが父と呼んだ存在』であるといって歩いているのだ。 

これだけリスクの高い仕事を誰かやってのけるだろうか。決してお金や名声、その他諸々のものと引き換えたとしても余りあるリスクだ。損得勘定でいえば、「私が救世主である」「この世界に、地球に最終責任を負うものである」などとは決していえないだろう。

その発した自身の言葉に従い、自分自身の使命に従い、その行動を「全人類の幸福化」のためだけに動いておられる方が今そこにいるのだ。その先には宇宙をも含めたもっと遠大な理想、目的というものがあるのかもしれないが、それは今は言うまい。

彼、とあえて呼ぶが、人類のマスターにして最高、最強の教えを説くMaster Okawaは、本物である。

彼ほど本気で日本を、世界を、この地球に住む人々の幸福を考えている人はいない。エル・カンターレ(地球の至高神)がこの時代に降臨したということは、それは人類に最後の真剣勝負を神の側から挑んできたということだ。

神であるエル・カンターレが、人類にこれまでの過ちの多い生き方を捨て、平和と愛を取るか、人類が互いに愛し合い、国家も民族も肌の色も超えてお互いに愛し合えるか、問うているのだ。その時に宗教は、地球という同じ星をベースにして一つに結びつけあうことができるのか、「宗教は美しい」と、曇りなく今日のMaster  のようにいえる人がどれだけいるのだろうか。

許しの神でもあるエル・カンターレが人類に突きつけた試験が、今、ここに始まった。

2009年11月3日火曜日

おすすめ本















最近、良い本との出会いが立て続けにあり、自分の胸の内だけでとどめておくにはもったいないと、感動的だった、つまりは自分の人生に影響をもたらすくらいの本をここでは紹介させていただきたい。

まずは、『人生シナリオを劇的に変える12の勇気』は幸福の科学出版から出た今年の夏の新刊本。

フォーチュン500社入りした企業と仕事をし、近年ではコーチングと、講演家、作家として活動、4人の子どもを育てている、という著者マージー・ウォレルの鳴り物入り的な紹介文を読むと、少々腰が引けてくるのだが、なかなかどうして、近年これだけの明確な指針を持って自己変革を促してくれた啓発本はない、というくらい素晴らしく的確なメッセージ性がそこにあった。

まさしく私に変わるチャンスを与えてくれた。読者が何を求めているかによってもこうした啓発本の効力は変わってくるが、私自身ここ数年悩んでいた自分自身のスタンスや自己像に対して明確な答えを指し示めされたようだった。変わる勇気とは、自分自身に対して「正直に生きる」ということだ。自分の心に素直に正直に生きようと決意したとき、他人との誤解や失敗を恐れる必要がなくなる。自分自身が最善の答えを常に出そうと潜在意識が働き、この世においてスピリチャルな存在との一体感が出てくるのだ。これによって私は、自分自身のストレスが少なくなり、且つ自分自身を満足させることができるようになってきた。そういう意味では、マージーが知ってか知らずでか彼女自身が大いなる存在と交流することができる偉大なスピリチャルメッセンジャーなのだろう。

そして、大川隆法監修 宗教法人幸福の科学編「不惜身命」。
本当は、この一冊だけで朝まで語りつくさなければならないほどだが、あえてこの本はここに紹介したということでこのブログを読んだ人にはすべての人に読んでもらいたい『大川隆法 伝道の軌跡』だ。

「仏法のために我が生命惜しからず」。大川総裁の生命を削っての伝道活動の軌跡を国内はもとより、先の国選に打ってでるきっかけの一つともなった海外での御説法の様子がつづられている。
この宗教がどれだけ本物であるか。まずはこの本を一冊読んでいただき判断していただきたい。

これまで宗教アレルギーや幸福の科学、大川隆法に対する偏見があったとしても一人の人間として、著者の生き様に、その熱に心を打たれなければ真の人間であるとはいえない。

いつかこの全編に紹介された珠玉の言霊を英語でそらんじて世界の人々に教えを伝えるのが私の夢だ。

松下幸之助著『リーダーになる人に知っておいてほしいこと』。
今『経営者になる人に知っておいてほしいこと』も出て、もちろん両方読ませていただいたが、ここに来てすごい勢いで松下幸之助の新刊本が世にで、注目され、その編纂が松下政経塾であるという事実をご存知だろうか。

特にこの夏に松下政経塾編纂本が目だってでていたが、これはやはり民主が政権を取り、世の中の不況が加速することを察知した心ある編集の使命感が生み出した”民主不況攻略本”ではないかと思ってしまう。『サービスというのは慈悲心から出てくる』融通無碍なる心の大切さを説き、時には、神や仏に触れ、素直にものを見ること、周知を集めることの大切さを説く。
どれもこれも松下氏が生前、松下政経塾で説かれていたことだ。シンプルだが、味わいがあってこんな時代だからこそ、当たり前のことを素直に受け止め当たり前にことを成す大切さを教えてくれる。


いやはやとりとめなくてごめんなさい。
もちろん最後に忘れてならないのは、大川隆法著『仏陀再誕』。
映画『仏陀再誕』を観たあとに、世界の慈悲溢れる真の姿を垣間見たくなったらぜひ黄色い文庫本?携帯『仏陀再誕』を手にとってもらいたい。

この懐かしい感覚は仏陀の声を直説金口の説法を直接目で見、耳で聞いたことがあるという心の事実があなたに迫ってくるかもしれない。
いぜれにせよ、あなたも懐かしい草笛の音を聞いて心の平安を得ることだろう。